真っ赤な『7』が三つ揃い、その下のアタッカーが開く。僕の口もそのアタッカー同様にあんぐりと開いたままだった。お客さんもそのほとんどが驚き、一瞬ではあるが静寂が広がる。フィーバーの効果音だけが淡々と鳴り響く。
奴は開いたアタッカーのVゾーンではない箇所にひとつだけ玉を入れ、わざとパンク(大当たりの強制終了)させる。そして再びアタッカーが開かないのを確認すると、今度はスタートチャッカーに玉を入れる。
リールは7の三つ揃いからバラバラの何でもない図柄に変わる。これで通常の状態に戻った。上皿に出てきた少量の玉を取り除くと今度は機械そのものを開け、島の中に放り込む。一連の動きには一切の無駄がない。その様を呆然と見ていた僕の耳元で奴は
「今のがリーチ目だ」
と僕の耳元で囁くとあとは何事もなかったかのように口笛を吹きながらその場から立ち去った。耳には煙草の匂いとじわりと湿った嫌な感触が残る。くすぶりの匂いはまだそこに奴の唇があるような錯覚を呼んだ。心臓が波打つ。得体の知れない高揚感。抑えきれない感情で僕は奴の後ろ姿を目で追いかけた。気がつけば実際に必死で奴に向かい、走っていた。
「主任、今のは一体どうなってるんですか。どうやったんですか」
「知りたいか。知りたかったら明日の朝早く出てこいよ」
彼は背を向けたまま顔だけを少しこちらに向け低いがしかしはっきりと聞こえる声で答えた。
ホールの喧騒をよそに僕は一人この場に取り残されたような錯覚にとらわれる。この瞬間、僕の全ての価値観が変わった。『奴』への呼び名はもう『奴』ではなく『西田主任』に変わる。ここから立ち去る時の悠然とした後ろ姿。哀愁を漂わせる口笛。
あの気味悪いイボですら、なにかハードボイルドの象徴のように思えてきた。主任は男を匂わせる。それは男を魅了する匂いだ。今まで僕は男にこれほど魅せられたことがない。健康な魅力には特段関心をもたない。怖くはあるのだが『不良』への魅力はその恐怖に打ち勝つ。そう、『不良』は男の美学だ。そしてその強さは僕を虜にする。主任は無口で何事も伜なくこなし、物事に躊躇しない。ぼくは「かっこいいな」と呟いた。
一瞬にして骨抜きにされたのが自分でもよくわかった。節操がないくらいの豹変を遂げた僕は、その夜なかなか寝付くことができない。まんじりともせず、万年床にあぐらをかき三本目のショートホープに手をつける。と、隣の部屋から咳払いがひとつ聞こえてきた。
主任だ。まだ起きている。わけもなく主任の部屋を訪ねてみようかと考えだした。心臓が急に忙しく動き出す。ショートホープをスパスパと吸いだすと、とたんに口の中に苦味が広がる。しかめ面をしながら僕はショートホープを赤いラークのロゴが書いてある灰皿に乱暴に押し付けた。
だめだ、明日の朝まで待ちきれない。
「部屋に行くべきか行かざるべきか、ここが男の思案橋」
一人で部屋にこもる時間が増えるとこのように意味不明な独り言が増える。そしてさっき消したばかりだというのに新しいショートホープに手をつけようとしたときに二度目の咳払いが聞こえてきた。
「主任が呼んでいる。これは俺に来いと言っている」
勝手な解釈は僕を大胆にさせた。廊下にでると空気は思いのほかひんやりしていた。相変わらず廊下の蛍光灯はチカチカと点滅を繰り返している。意を決したせいか今日は不気味さを感じない。
隣の部屋のドアを神妙に見つめる。ごくりとつばを飲み込み大きく深呼吸をする。「よし」と覚悟を決め軽くノックをしてみる。が、緊張のせいで力の調整がうまくできず、大きな音が鳴った。僕はビビる。しかし返事がない。中でごそごそする音が聞こえる。
さらに心臓が激しさを増して波打つのがわかる。やはりこの時間の訪問はまずかったか。一瞬の後悔。扉はいきなり開いた。「ひっ」と声が出てしまった。自分の情けない声のせいで恥ずかしさのあまりに顔が赤くなる。
「坂井くん、いらっしゃい」
主任は僕の赤くなった顔をじっと見ると笑顔を浮かべた。が、その目は笑ってはいない。たじろぎまくる僕は返事ができない。するとさらに彼の口角が上がり、無言のまま部屋に入るようにと僕においでおいでをした。
つづく

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私は話を聞いた事しかありませんけど確か、ドラムの回転コマ数みたいな物がある程度決まってしまっていたので、次回転にて777が出現しやすい停止目が有り「自然停止とストップボタンを使い分ける事に依って当たり確率を上げる」みたいな感じでしたっけ?
ドラム上にセグが有り777+Fが止まってフィーバーでしたっけ?
普通に打つとドラム1/50のセグ1/10で1/500の物をストップボタンを使い分けてドラムの確率を上げるみたいな話を聞いた記憶が有ります(-_-)
主任は悪なのか?
悪だとしたらカルティエは一体どう落とし前を着けるのかetc
いずれにしても続きが気になります(*´ω`*)
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